膵臓がん治療薬創薬の最前線 -膵臓がん治療薬候補は、見つけにくいが一般的なK-Ras変異体を標的とする-

K-Ras変異はがんの原因としてよく知られています。Catalogue of Somatic Mutation of Cancer(COSMIC)ver. 94によると膵臓がんでは原因となる異常遺伝子は90%がK-Ras変異であること、またK-Ras変異はコドン 12,13,61がほとんどであると分かっています。そして最近までK-Ras変異に対する治療薬はできないと考えられていました。しかし、FDA承認のK-Ras-G12C阻害剤であるソトラシブとアダグラシブの登場以来、K-Ras変異はある程度治療の対象になりえることがわかりつつあります。例えばアダグラシブはKRYSTAL-1試験(NCT03785249)においてK-Ras-G12C遺伝子変異陽性膵がん患者(N=12人)のうち、有効性評価が可能であった患者は10人で、部分奏効率(PR)は50%(N=5/10人)、病勢コントロール率(DCR)は100%(N=10/10人)、無増悪生存期間(PFS)は6.6ヶ月(95%信頼区間:1.0~9.7ヶ月)との成績を示しました。膵がん患者のうちK-Ras-G12C遺伝子変異陽性は2.6%です。一方、同じコドン12のK-Ras-G12D 変異は膵臓がんの46.2%と最も大きなウエイトを占めています。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校細胞分子薬理学科の教授であるKevan Shokatケヴァン・ショカット博士らは、膵管腺がんに特によく見られるK-Ras-G12D変異を標的とする方法を発見しました。彼らは2013年に最初のK-Ras-G12C阻害剤を開発したグループでもあります。2024年Nature Chemical Biology誌に論文”Strain-release alkylation of Asp12 enables mutant selective targeting of K-Ras-G12D”を発表し、ほぼ常に致命的である膵臓がんを治療可能、さらには治癒可能な状態にするのに役立つ候補薬をどのように設計したかを説明しています。

「膵管腺癌に特によく見られるK-Ras 変異の最も頻繁なG12Dの共有結合阻害は、アスパラギン酸を標的とする化学反応がないためこれまで創薬が困難でした」と論文の著者らは記しています。論文では環のひずみを利用して変異アスパラギン酸でK-Ras-G12Dを架橋し、安定した共有結合複合体を形成するマロラクトンベースの求電子剤を紹介しています。彼らが開発した置換マロラクトンは、アスパラギン酸12を標的とすることに成功しました。研究者らは、アスパラギン酸12とGTPを架橋の標的とすることで下流のシグナル伝達を効果的に抑制し、K-Ras-G12Dによる癌細胞の増殖を選択的に阻害することができましたと記されています。これらの成果は試験管内および癌のマウスモデルで確認されました。ショカット博士らは膵臓がんの治療法を他のがんの治療法と同等にするために10年間必要だったと述べています。前述のごとく膵臓がんの原因遺伝子はK-Ras変異が90%でこの変異の場所の約半数はG12Dであり、これは他のほとんどのK-Ras変異とは 1つのアミノ酸置換で異なります。健康なタンパク質とがんを引き起こすタンパク質のこのわずかな違い (グリシン (G) がアスパラギン酸 (D) になる) は、多くの膵癌の基礎研究にかかわる学者にとって難題です。なぜならがんを引き起こすアスパラギン酸とグリシンの違いを感知できる分子は世の中にほとんど存在しないのです。ショカット氏らの 2013 年の発見に続く研究の爆発的な増加により、チームは、K-Rasタンパク質のポケットに収まり異常なアスパラギン酸にしっかりと、そして不可逆的に結合する化学物質のテンプレートを開発することができました。K-Ras-G12Dタンパク質のポケットに収まる分子の枝を微調整して、G12Dの周りの非常に狭いスペースに配置するなど、成功まで試行錯誤の連続だったようです。科学者たちは現在、この分子を膵臓がんと闘えるほど耐久性があるように最適化しています。臨床の現場に一日も早く届けられると良いですね。

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