KRAS標的がんワクチン「ELI-002 2P」―膵がん・大腸がんの予後延長に挑む新戦略

膵管腺がん(PDAC)および大腸がんにおいて、KRAS遺伝子変異は主要なドライバー変異として知られています。特にPDACでは約90%、大腸がんでは約50%にこの変異が認められ、長年“攻略困難な標的”とされてきました。しかし、米国MDアンダーソンがんセンターとメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの共同研究により、この難関に挑む新しいがんワクチンELI-002 2Pが初期臨床で有望な成果を示しました。

 

ワクチンの設計思想

ELI-002 2Pは、KRAS変異ペプチドを抗原とし、独自のアンフィファイル(amphiphile)化学を利用してアルブミン結合型に修飾。これにより注射部位からリンパ節まで効率的に抗原を輸送し、抗原提示細胞(APC)によるT細胞活性化を最大化します。さらに、免疫刺激剤CpG-7909も同様の修飾でリンパ節送達を強化。結果としてCD4⁺ヘルパーT細胞CD8⁺キラーT細胞の両方を強力に誘導します。

 

AMPLIFY-201試験の概要

  • 対象: 手術と標準治療を終えたが、微小残存病変(MRD)を有するPDAC 20例、大腸がん 5例
  • デザイン: 非ランダム化第I相、ワクチン単独投与
  • 観察期間: 中央値19.7か月
  • 主要結果:
    • 84%でKRAS特異的T細胞応答
    • 71%でCD4⁺・CD8⁺両方の誘導
    • 高応答群(ベースライン比 >9.17倍)では、無再発生存(RFS)および全生存(OS)の中央値未到達
    • PDAC患者のRFS中央値15.3か月、OS中央値29か月に近接(歴史的中央値より顕著に延長)

 

特筆すべき現象:抗原スプレッディング

投与後、約2/3の患者でKRAS以外の腫瘍特異的変異に対してもT細胞が拡大。これは免疫系が“自己学習”し、標的範囲を広げた結果と考えられます。さらに誘導されたT細胞はサイトトキシック分子の産生能メモリー表現型を維持しており、長期的免疫監視の可能性を示唆します。

 

限界と今後の展望

  • 試験規模が小さく、非ランダム化であるため結果の再現性確認が必要
  • 現在、7種類のKRAS変異ペプチドを含むELI-002 7Pを用いた第II相ランダム化試験が進行中
  • KRAS変異は膵がん・大腸がんに限らず多くの固形がんで見られるため、汎用的プラットフォーム化が期待される
  • 化学療法やチェックポイント阻害剤との併用戦略も検討中

 

まとめ

KRAS変異を標的とするELI-002 2Pは、“手術後に残存する微小がん”を叩く新しい武器となる可能性を秘めています。もし今後の大規模試験で有効性が確立されれば、膵がんの術後管理戦略を根底から変えるだけでなく、KRAS変異を持つ多様ながん種に適用可能なオフ・ザ・シェルフ型がんワクチンとして臨床現場に広く普及する日が来るかもしれません。

 

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