膠芽腫は、脳腫瘍の中でも特に予後が厳しく、腫瘍内不均一性(Heterogeneity)や免疫抑制的な微小環境により、既存の免疫療法(チェックポイント阻害剤等)の効果が限定的であることが知られています。
今回紹介する研究では、腫瘍細胞の表面抗原ではなく、腫瘍微小環境の細胞外マトリックス(ECM)に分泌されるタンパク質「Tenascin-C(TNC)」を標的とした新しいCAR-T細胞が開発されました。
背景:膠芽腫におけるT細胞の欠如と不均一性の壁
研究の共著者であるValérie Dutoit博士(UNIGE医学部)が指摘するように、膠芽腫はメラノーマや肺がんとは異なり、T細胞の浸潤が非常に少ない「Cold Tumor」である特徴を持ちます。
また、同チームのDenis Migliorini教授(HUG神経腫瘍学部門長)らは、以前の研究で腫瘍表面マーカーであるPTPRZ1を標的としたCAR-T療法を検討していましたが、単一の標的では腫瘍の不均一性により再発リスクを回避できないという課題に直面していました。
革新点:細胞外マトリックス(ECM)を標的としたバイスタンダー効果
本研究で開発されたTNC標的CAR-T細胞の最大の特徴は、以下の作用機序にあります。
- TMEの構造的支持基盤を攻撃: TNCは腫瘍微小環境で構造的支援や免疫応答の調整を行うタンパク質です。
- バイスタンダー効果(Bystander Killing)の誘導: TNCに対するCAR-T細胞の攻撃は、TNC産生細胞だけでなく、近接する「TNCを発現していない腫瘍細胞」に対しても細胞死を誘導することが確認されました。これは、CAR-T細胞による炎症反応が周囲へ波及することで、不均一な腫瘍細胞集団を広範囲に攻撃できることを示唆しています。
前臨床試験における成果
研究チームは、患者由来の膠芽腫細胞株(接着培養およびニューロスフェア)およびex vivo腫瘍サンプルを用いて検証を行いました。
- 特異的な活性化: TNC-CAR-T細胞は抗原特異的な活性化、増殖、および細胞傷害性を示しました。
- In vivoでの有効性: 患者由来腫瘍を移植したマウスモデルにおいて、効率的な腫瘍浸潤とアポトーシスの誘導が確認され、生存期間の延長が認められました。
- 安全性: 頭蓋内投与において、オフターゲット毒性や神経学的症状は検出されず、高い安全性が示唆されました。
今後の展望:放射線療法との併用と臨床試験
興味深い知見として、放射線療法後にTNCレベルが上昇することが挙げられています。これは通常、治療抵抗性につながる現象ですが、本治療法においては、放射線療法とTNC-CAR-T細胞を組み合わせることで、放射線による抵抗性獲得を逆手に取り、治療効果を高める「コンビネーション療法」の可能性を示しています。
研究チームは、2026年に第I相臨床試験の開始を計画しており、今後は複数の腫瘍抗原を標的とするCAR-T細胞の開発や、T細胞疲弊(Exhaustion)を防ぐ改良を進める方針です。
編集後記
本研究は、標的抗原の欠失(Antigen escape)というCAR-T療法の主要な課題に対し、腫瘍微小環境そのものを標的とするという視点で挑んだ重要な報告です。当センターとしても、こうした基礎研究が臨床応用へと進み、新たな治療選択肢として確立されることを強く期待しています。
参考文献
New CAR T Cells Target Glioblastoma Tumor Microenvironment Protein, November 26, 2025. (Based on research published in the Journal for ImmunoTherapy for Cancer)

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