2024年、テルアビブ大学グレイ医学・健康科学部の研究チームが、乳がんの進行における好中球(neutrophils)の重要な役割を明らかにしました。この発見は、好中球が進行性乳がんの新たなバイオマーカーおよび治療標的となり得ることを示唆しています。本記事では、この研究のハイライトと今後の展望を解説します。
乳がんの現状と未解明の課題
乳がんは世界で最も罹患率の高い女性のがんであり、2022年には230万件の新規症例、67万人の死亡が報告されています。分子・細胞レベルでのシグナル伝達や腫瘍微小環境(TME)の複雑さは、依然として十分に解明されていません。
シングルセル解析による腫瘍微小環境の解明
研究チームは、ヒト乳腺組織を模倣したマウスモデルから、健康な思春期女性、健康な成人女性、乳がん患者の3グループの乳腺組織サンプルを採取。シングルセルRNAシーケンスとバイオインフォマティクス解析を組み合わせ、進行乳がんの腫瘍微小環境における細胞間相互作用を詳細に解析しました。
主な発見
• 進行乳がん組織では、好中球と血管内皮細胞が優勢に存在
• 腫瘍細胞と好中球の物理的な相互作用が確認
• 腫瘍細胞はマクロファージを介して好中球を腫瘍微小環境にリクルート
• 好中球は腫瘍細胞と直接相互作用し、腫瘍の浸潤・転移能や血管新生を促進する物質を分泌
好中球の機能抑制による腫瘍進行の抑制
好中球を遺伝的にサイレンシングしたマウスモデルでは、腫瘍微小環境での血管新生と腫瘍細胞の発達が有意に抑制されました。また、進行乳がん患者(ステージ3・4)で好中球関連遺伝子シグネチャーが高い場合、生存率が著しく低下することも判明しました。
臨床応用へのインパクト
本研究の意義は二つあります。
1. バイオマーカーとしての好中球
好中球の分子シグネチャーは、進行性乳がんの診断や予後予測に有用なバイオマーカーとなる可能性があります。
2. 創薬ターゲットとしての好中球
好中球やその分泌するシグナル分子を標的とした新規治療薬の開発が期待されます。特に、腫瘍微小環境の免疫抑制や血管新生を阻害するアプローチは、既存治療との併用で治療成績の向上に寄与するかもしれません。
今後の展望と課題
• ヒト乳がん患者における好中球の動態解析
• 好中球標的治療の前臨床・臨床試験
• 腫瘍微小環境における他免疫細胞とのクロストークの解明
まとめ
本研究は、進行性乳がんの腫瘍微小環境において好中球が中心的な役割を果たしていることを明らかにし、今後の診断・治療戦略に新たな道を拓くものです。免疫細胞の多様な機能を標的とした次世代治療の開発に向け、さらなる研究の進展が期待されます。
参考文献
• Camargo S, Moskowitz O, Cohen M, et al. “Neutrophils physically interact with tumor cells to form a signaling niche promoting breast cancer aggressiveness.” Nature Cancer, 2024.
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