2025年9月、Cancer Discovery に掲載されたドイツがん研究センター(DKFZ)とスタンフォード大学の共同研究は、EML4-ALK融合遺伝子の「バリアント」によって腫瘍の振る舞いが大きく異なることを示しました。本研究はCRISPR/Cas9を用いたマウスモデルを駆使し、従来の「ALK融合陽性肺癌は一括り」という大前提を揺さぶるものです。
背景:EML4-ALK融合とその臨床的課題
肺腺癌の約5%に認められるEML4-ALK融合は、EML4とALK遺伝子の一部が再構成して異常な融合タンパクを生成し、腫瘍形成を促進します。しかしその切断点は多様であり、長さや構造が異なる複数のバリアントを生じます。臨床的には、これらはこれまで同一の「ALK融合」としてまとめられ、同一のALK阻害薬で治療されてきました。
研究手法:CRISPRによるin vivoバリアント再現
研究チームはCRISPR/Cas9を用いて、マウス肺上皮に代表的なバリアントV1およびV3を導入し、自発性の腫瘍形成モデルを作製しました。このアプローチにより、バリアントごとの腫瘍進展能や治療感受性を直接比較できる環境を整えました。
主な発見
- 腫瘍形成能の差異
- V3バリアントはV1に比べ、腫瘍の増殖速度が速く、マウスの生存期間も短縮。
- すなわちV3は本質的により強い腫瘍原性を持つ。
- 腫瘍抑制遺伝子との相互作用
- 29種類の腫瘍抑制遺伝子を不活化すると、その効果はバリアント依存的。
- 例えば、ある遺伝子の欠損はV1腫瘍の進展を抑制したが、V3にはほとんど影響を及ぼさないケースも認められた。
- 薬剤感受性の差異
- V1は第3世代ALK阻害薬lorlatinibに高感受性を示す一方、V3は耐性を呈した。
- さらにPTEN欠損などの併存遺伝子変異が、薬剤応答性を修飾することも判明。
- ヒト腫瘍データでの裏付け
- 大規模データ解析により、ヒトEML4-ALK陽性肺癌でもバリアントごとに異なる共変異パターンが存在。
- これにより「バリアントごとに異なる生物学的実体である」ことが支持された。
臨床的意義と展望
本研究は「ALK融合=一括治療」という従来の枠組みを超え、
- 融合バリアントの同定
- 共存する腫瘍抑制遺伝子変異の把握
が、今後の精密医療における治療選択の鍵になることを示しています。すなわち「ALK融合があるか否か」ではなく、「どのバリアントで、どの遺伝子背景を伴うか」が、治療効果を左右する要素となる可能性が高いのです。
結語
CRISPRを駆使した精緻なモデルは、これまで見過ごされていた腫瘍学的“サブテキスチャー”を可視化しました。EML4-ALK融合肺癌は均一ではなく、バリアントごとに腫瘍原性・遺伝子依存性・薬剤感受性が異なるという新たなパラダイムを提示しています。今後は、患者ごとの融合バリアント解析を日常診療に組み込み、真の意味での個別化治療を実現することが期待されます。
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