【論文紹介】がん研究の新たな羅針盤:Douglas Hanahan博士による「Hallmarks of Cancer」2026年最新版の提言

がん研究の世界において、Douglas Hanahan博士とRobert Weinberg博士が2000年および2011年に提唱した「Hallmarks of Cancer(がんのホールマーク)」は、我々ががんという複雑な疾患を理解するための共通言語として機能してきました。

そして2026年1月29日、Hanahan博士単著による待望の最新レビューが Cell 誌に発表されました。 タイトルは “Hallmarks of cancer—Then and now, and beyond”

本稿では、単なる「更新版」にとどまらない、がんを「多次元的な生態系」として捉え直すこの論文の核心を紹介します。

 

「細胞」から「システム」へ:4つの次元による再定義

これまでのホールマークは、主にがん細胞そのものが獲得する能力に焦点を当てていました。しかし、今回のレビューでHanahan博士は、がんを4つの異なる次元(Dimensions)が統合された疾患として再定義しています。

論文中で提示された以下の数字は、がんの複雑性を整理する上で非常に示唆に富んでいます。

  1. 9つの「がん細胞のホールマーク」(The 9 Cancer Cell Hallmarks) 従来の「増殖シグナルの維持」や「細胞死の回避」に加え、近年の議論である「表現型の可塑性(Phenotypic plasticity)」や「分化のブロック」などを含んだ、がん細胞が実働部隊として振る舞うための能力群です。
  2. 5つの「実現特性」(The 5 Enabling Characteristics) ホールマークの獲得を可能にする背景要因です。従来の「ゲノム不安定性」や「腫瘍促進性炎症」に加え、「非変異性のエピジェネティックな再配線(Non-mutational epigenetic reprogramming)」「多型性マイクロバイオーム(Polymorphic microbiomes)」が正式に位置づけられました。
  3. 7つの「ホールマーク促進細胞」(The 7 Classes of Hallmark-Facilitating Cells) 腫瘍微小環境(TME)を構成する非がん細胞群です。免疫細胞や血管内皮細胞に加え、近年老化除去療法(Senolytics)で注目される「老化細胞(Senescent cells)」が含まれている点は注目に値します。
  4. 2つの「全身性の相互作用」(The 2 Hallmark-Influencing Systemic Interactions) ここが今回の白眉と言えるかもしれません。局所的な腫瘍環境を超えた、「神経系との相互作用(Neuronal interactions)」および全身的な「代謝・免疫への影響」が挙げられています。がんは局所の病気ではなく、全身システムをハッキングする疾患であるという視点です。

 

治療戦略への示唆:Multi-targetingの必然性

この多次元的なモデルが示唆する臨床上のメッセージは明確です。「単一のホールマークを標的とする治療(Magic Bullet)の限界」です。

がん細胞の適応能力と微小環境の多様性を考慮すれば、単一経路の遮断は必然的に抵抗性の獲得を招きます。Hanahan博士は、複数のホールマーク、あるいはそれを支える実現特性やTMEを同時に攻撃する「多角的な治療戦略(Multi-targeting)」こそが、持続的な治療効果を生む鍵であると論じています。

 

結語

本論文は、がんを「変異した細胞の塊」としてではなく、神経系や代謝系を含めた宿主全体と相互作用する「複雑な生態系」として捉える視座を提供しています。

我々が開発を進める新規治療法においても、がん細胞そのものへの攻撃に加え、いかにして微小環境や全身のシステムを制御下に置くか――この「統合的なアプローチ」の重要性を、改めて科学的な裏付けと共に提示されたと言えるでしょう。

Reference: Hanahan, D. (2026). Hallmarks of cancer—Then and now, and beyond. Cell. DOI: 10.1016/j.cell.2025.12.049

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