メトホルミンは前立腺がんの転移症例に新たな扉を開くか? ―STAMPEDE試験からの最新知見―

2025年7月に発表されたSTAMPEDEプラットフォームプロトコルに基づくランダム化第3相試験は、転移性前立腺がん(mHSPC)に対するメトホルミンの治療的可能性を評価する重要なステップとなりました。この研究は、糖尿病治療薬であるメトホルミンが、がん細胞の代謝に作用し、腫瘍増殖を抑制する可能性に着目したものです。

 

研究の背景と目的

メトホルミンはAMPK経路の活性化を通じてmTORシグナルを抑制するなど、多彩な抗腫瘍効果を有することが前臨床研究で示唆されてきました。特に、前立腺がんにおいてはアンドロゲン除去療法(ADT)との併用により、がん進行を抑制しうる可能性があります。しかし、前向き大規模試験においてその有効性を検証する研究は限られていました。

 

試験デザインと方法

このSTAMPEDE試験では、ADT開始と同時にメトホルミンを併用する群(メトホルミン群)と、ADT単独群(コントロール群)を比較。対象は転移性ホルモン感受性前立腺がん(mHSPC)患者であり、非糖尿病者を含めた広範な症例を組み入れています。主要評価項目は全生存期間(OS)、副次評価項目には無増悪生存期間(PFS)や毒性プロファイルが設定されました。

 

主な結果

全体として、メトホルミン併用群とコントロール群との間で有意な全生存期間の延長は確認されませんでした(HR 1.06, 95% CI 0.90–1.25)。一方、副次評価項目としてのPFS、骨転移の進行、PSA反応率などでも、臨床的に意味のある差異は見られませんでした。

また、安全性に関してもメトホルミンは概ね良好な忍容性を示し、糖尿病の有無を問わず重篤な有害事象の発生率は低かったことが報告されています。

 

考察と限界

この試験は、「代謝介入によるがん制御」という概念に科学的根拠を与える一方、その限界も浮き彫りにしました。転移性の時点でのがん細胞の可塑性や、代謝経路の多様性を考えると、単一の代謝阻害では治療効果を得にくい可能性が示唆されます。また、患者選択(バイオマーカーの有無)や併用薬の種類、投与タイミングといった複合的要素が、治療効果を大きく左右すると考えられます。

 

感想と展望

メトホルミンに対する臨床的な期待は、糖尿病に対する作用を超えて、がん治療という新たな地平を切り拓くものでした。しかしながら、本試験では残念ながら生存期間の延長という明確なエビデンスには至りませんでした。それでも、メトホルミンの安全性が確認されたこと、そしてSTAMPEDEというプラットフォーム試験の中で、代謝制御というテーマが正面から取り上げられたことは、今後の研究設計において非常に貴重な足がかりとなるといえるでしょう。

今後は、例えばLKB1やAMPK経路の変異を持つ症例に対する層別化や、mTOR阻害薬との併用戦略、さらには糖質制限食や断食との組み合わせなど、「代謝×前立腺がん」のインターフェースをより精緻に探求する研究が待たれます。

科学とは、否定的結果の中からこそ、新しい真理を発見する営みです。今回のSTAMPEDE試験もまた、その象徴的な一例といえるでしょう。

 

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