2025年8月19日、VantAIとHalda Therapeuticsは、がんや免疫学領域を対象にした「選択的プロキシミティベース創薬」に関する共同研究契約の締結を発表しました。その総額は成功報酬や販売ロイヤルティを含め10億ドル超に上る可能性があり、プロテインインタラクションを標的とする次世代創薬に大きな注目が集まっています。
背景:プロテインインタラクションを「設計」する時代へ
これまで臨床で利用されてきた抗体治療は、細胞表面上のタンパク質のみにアクセス可能であり、ヒトプロテオーム全体の約3分の1しか標的にできませんでした。それに対し、分子間相互作用を制御するプロキシミティベース創薬は、タンパク質間の関係性を人工的に「設計」することで細胞内機能そのものを書き換える可能性を持っています。
- 第一世代:2000年代初頭のPROTACs(Proteolysis Targeting Chimeras)。ユビキチン・プロテアソーム系を利用し、標的タンパク質を選択的に分解。
- 第二世代:Haldaが開発中のRIPTAC(Regulated Induced Proximity Targeting Chimeras)。腫瘍特異的に発現するタンパク質と生存必須タンパク質とを「三者複合体」として強制的に近接させ、腫瘍細胞のみを選択的に死滅させる。
今回の共同研究は、この「第二波」を大規模に加速させる枠組みといえます。
VantAIのアプローチ:AI × 構造プロテオミクス
VantAIは2023年にRoivant Sciencesからスピンアウトした企業で、基盤モデル Neo-1と高スループット構造プロテオミクス基盤 NeoLinkをコアとしています。
- NeoLink:XL-MS(クロスリンク質量分析)を基盤とした大規模PPI(Protein-Protein Interaction)マッピング。既存データギャップの補完を狙う。
- Neo-1:ラテント拡散モデルを使い、二つのタンパク質配列を入力に「共折り畳み状態」を安定化する分子を生成可能。従来の構造予測・分子設計を統合するAI基盤。
これにより、Haldaが選定する疾患関連タンパク質の「最適な相手役(エフェクター)」を合理的に同定し、RIPTACによる選択的細胞死につなげることが期待されます。
科学的意義と展望
今回の協業は単なる提携以上に、「プロテインインタラクションを系統的にリプログラムする」という創薬パラダイムの転換点を示しています。
- 新しい治療デザイン空間:従来のDruggable targetを超え、実質的にプロテオーム全域にアクセス可能。
- 汎用性:がん、免疫疾患に限らず、将来的には神経変性疾患や代謝疾患にも応用可能。
- 技術インフラ:AIと高次構造プロテオミクスの統合により、創薬プロセスが探索フェーズから設計フェーズへ移行しつつある。
VantAI CEOのCarpenter博士が語る通り、もし「系統的かつ効率的にタンパク質間相互作用を書き換えられる」ならば、生物学的制御のレベルは一段階上がることになります。
まとめ
- HaldaのRIPTAC戦略は第二世代のプロキシミティ治療薬を代表する技術。
- VantAIのNeo-1 × NeoLinkは、その実現を加速するAI・実験融合型アプローチ。
- 今回の10億ドル規模の提携は、AI駆動型のプロテインインタラクション創薬を臨床現場に近づけるマイルストーンとなるでしょう。
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